一流フリーアナウンサー・古瀬絵理『結局スイカップ』

フリーアナウンサーの古瀬絵理スイカップで注目を集めたが、本格派キャスターを目指した為、スイカップを隠す様にしてきた。しかし、結局、現在はスイカップでしか仕事をしていない事を反省した。

2003年、NHK山形放送局のキャスター時代に、その大きな胸からスイカップと呼ばれ話題になった一流フリーアナウンサー古瀬絵理。

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当時の雑誌には『古瀬絵理のスイカップ スイカが揺れれば数字は上がる』とまで評されるまでの人気ぶり。

当初、スイカップだけに注目が集まる事を嫌い、「スイカップと呼ばれたくない。古瀬絵理って呼んで下さい。世界で活躍するリポーターになるのが夢。」と発言。

しかしすぐにあっさりスイカップを披露。一度出してしまえば堰を切った様にスイカップでお仕事。トーク番組に出ればあるあるスイカップトーク。

太宰治の魅力を語っても「太宰の作品って実は温もりに溢れている。」とコメントと無関係なスイカップグラビア。

更に、山登りの素晴らしさを伝えるDVDでも、山頂で不自然にスイカップをアピール。

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久しぶりにテレビに出れば、「あの人は今」的にスイカップ話を披露。

かつての志はどこへいったのか今の夢を本人に聞いてみると「ニュースを谷間を強調して読むっていうのもいいよなって思っていて。普通のニュースをただ谷間を強調して読むというだけ。でも、それが絶対に癒しに繋がる場合もあるよなと思っている。」という。

そんな古瀬絵理だが旦那と3歳になる息子がいる。

じゃあスイカップと呼ばれも嫌じゃない?構わない?

2004年にフリーアナウンサーになったが、やはりスイカップの仕事ばかりで、それが嫌で実は「スイカップって呼ばないで下さい。」と、東京に出て一番最初のつまずいちゃいけない会見で、日刊ゲンダイの記者なんてわざわざスイカを持って来てくれたのに「いりません!持ち帰って下さい!」と追い返してしまった。

どうしてあの時に笑顔で「ありがとうございます!でも一個足りない。」と言えなかったのだろうと後悔している。

古瀬絵理の禊

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古瀬絵理は最終的に富山県・入善町のスイカPR大使をノーギャラで務めるという禊を言い渡された。

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