一流プロ野球解説者・佐野慈紀『いまだに薄毛頼り』

元近鉄バッファローズの佐野慈紀現役時代、薄毛をウリに一世を風靡したが、引退した現在も未だに薄毛をネタにして仕事を増やしている事を反省した。

1991年、22歳で近鉄バッファローズに入団。プロ野球史上初の中継ぎ投手で1億円プレイヤーに輝くなど、大活躍した佐野慈紀。そして佐野慈紀と言えば、振りかぶると同時に帽子を飛ばし、薄毛頭をあらわにするピッカリ投法で大ブレイク。『ハゲ魔人』の愛称で一躍人気者になった。

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すっかり味をしめた佐野慈紀は薄毛を活かしてその後も様々な仕事をゲット。自身のブログ名は『ピッカリブログ』。更に、薄毛を全面に押し出し『ピッカリTV』というインターネット番組のMCまで務める。

本人に話を聞くと「すぐハゲネタに逃げるという悪い所もあるが、正直言うと使えるモノは何でも使えというか、かなり有効活用している。」というコメントが聞けた。

ちなみに佐野慈紀が人生で一番焦ったのは薄毛ネタで笑いをとった番組の司会者がカツラだと知った時だそう。

ハゲで飯食えるんだね?稼げるんだね?

この頭になって損した事はない。散髪代もかからないし、すぐ乾くし、セットいらないし。

ただ、同じ様なハゲ頭の人と間違えられる事はあるので困る。

いくつからハゲ始めた?

大学の時に野球部の監督から「お前頭薄いな。」と指摘されてからハゲ始めた。

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随分前から覚悟は出来てた?

それは出来てた。近鉄バッファローズに指名されて契約金もらった後に父親に言われたのは「オイ!これでエカツラ買えるぞ!」であった。

ハゲをいじられて怒らないの?

怒る必要・意味がないので怒らない。

ハゲネタ言っていて司会者がヅラだった事って?

佐野慈紀がゴルフ番組に出た時の話。佐野慈紀はゴルフが下手くそでダフるはOB打つわで酷かった。これは笑いを取らなければいけないなと考え、ダフった時に芝が飛んで行くのでその芝を取って、元に戻すのではなく、自分の頭に戻した。

それをやったらあくる日にあるスタッフに「佐野ちゃんやっちゃったね。」と言われ、佐野慈紀が「何の事?」と聞くと、そのスタッフは「あの司会者ヅラなんだよ。」と知らされた。

その瞬間、佐野慈紀は背中が冷えた。

それから会っていないので大変なのだという。

家族は?

小学校1年生の息子がいるので、怒る時は「そんな事していたら、そのうちパパみたいな頭になるぞ。」と怒っている。すると息子はちゃんと言う事を効く。

ハゲの薬は飲まないの?

飲む必要・意味がないので飲まない。

ロン毛にしたいとかないの?

昔は少しあった。今は全然ない。

佐野慈紀の禊

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佐野慈紀は最終的に薄毛キャラを卒業する為、カツラで宣材写真を撮影するという禊を言い渡された。

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